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 札幌市内の川を歩く その2


 札幌の中心を南から北へと貫流する創成川は北海道開拓の明治初期、大友掘として、農業用水や排水そして、物流を支えた運河(舟運)として利用されました。
札幌市東区にある札幌村郷土記念館には、大友掘の歴史資料が保管されています。

札幌村郷土記念館前の大友亀太郎像

  


札幌の東区は、かつて「札幌村」と呼ばれ、江戸時代にすでに開拓されていました。基礎を築いたのは、幕府の役人だった大友亀太郎です。 慶応2年、箱舘奉行から官営農場をつくることを命じられた大友は、フシコサツポロ川上流を適地に定め、ただちに道路と橋の建設、舟運と用排水を目的に水路を掘削しました。

 

引用、参照


大友掘【札幌開発建設部】治水100年
https://www.hkd.mlit.go.jp/sp/kasen_keikaku/kluhh40000000w42.html

札幌村郷土記念館展示

明治の札幌(丘珠空港ロビーの展示資料)

明治の札幌(丘珠空港ロビーの展示資料)中心部拡大

中の島が豊平川の中島(現在の豊平川と精進川の間)だった頃の状況が良くわかります。

札幌市街之図 1889年(明治22年)

北大北方資料データベース

https://www2.lib.hokudai.ac.jp/hoppodb/

大友亀太郎像(創成川沿い)

「百万両の大工事」といわれた大友堀は、南3条付近にかつて流れた胆振川を水源に、北6条へ直進し、そこから東北にのびて札幌村のフシコサツポロ川に合流してました。 この水路は、本府建設のための物資輸送ルートとして活用されました(石狩~篠路川~フシコサッポロ川~大友掘)。今も大友堀は、その一部分として役割を果たしています(下流部は埋立て)。

札幌村郷土記念館内の展示資料

右上の豊平川の昔の流路図からは扇状地を流れる
暴れ川、豊平川の特徴が良くわかります。

大友掘のすがた(大友公園)


引用、参照


大友掘【札幌開発建設部】治水100年
https://www.hkd.mlit.go.jp/sp/kasen_keikaku/kluhh40000000w42.html

創成川・鴨々川 川めぐりマップ(札幌市)
https://www.city.sapporo.jp/kensetsu/kasen/menu0902.html 先人のはたらき_大友掘(学習ポータル)河川財団
https://sapporo-jouhoukan.jp/sapporo-siryoukan/lekishibunko/konjaku/hashi/hashi.html





 

下記のリンクなどで近くの素敵な水辺を見つけ、歩いてみると新しい発見があるかもしれません。
「ミズベリングプロジェクト」国土交通省のページ
 https://www.mlit.go.jp/river/kankyo/main/kankyou/machizukuri/natunomizube/index.html